|
カテゴリ
以前の記事
2025年 09月 2024年 11月 2021年 01月 2020年 05月 2017年 04月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 10月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 04月 2012年 01月 2011年 12月 2010年 12月 2010年 10月 2010年 07月 2010年 05月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 04月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 11月 2008年 08月 2008年 04月 2008年 03月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 04月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 フォロー中のブログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
![]() 都築響一さんは同年代だ。それもあって彼の特異な著作物をついつい蒐集してしまう。 しかし、世の中には畸人がまだまだいっぱいいる。この本のオリジナルを著したのは、北尾春道という人である。「建築家・数寄屋研究者にして稀代の趣味人」と編者の都築響一さんは紹介している。 北尾春道は1953年(昭和28年)から1970年(昭和45年)にかけて145巻の「建築写真文庫」をたった1人で取材・撮影・編集したのである。しかも収録された建築物に建築史に残るような有名建築家による作品がほとんどない、というのがすごく良い。有名建築家の作品集はそれこそいくらでも刊行されているのだ。安藤忠雄なんて観る気にもならない程。(笑) 調べてみると北尾氏には数寄屋研究家として重厚な著作が多い。しかし、この本に収録されている写真は目線が低い。キッチュなのだ。オリジナルの145巻を蒐集するのは不可能と断言する都築氏が編集した「商業・公共建築系」79冊から選ばれた800ページを埋め尽くす写真を視るだけでも昭和という時代の香が立ち籠めてむせる。 建築写真文庫の最終巻が出版されたのは1970年、大阪万博が開かれた年である。ジミ・ヘンドリックスとジャニス・ジョプリンがドラッグで命を落とし、三島由紀雄が割腹自殺し、赤軍派がよど号を乗っ取って、あしたのジョーになろうと北朝鮮に向かったその年に、大阪のはずれでは「人類の進歩と調和」をうたった、ほとんど陽性の狂気のごとくハッピーな気分にあふれた万国博覧会が半年も開催され、6400万人以上の入場者を集めていた。明るい未来がかならずやってきて、建築がそのためにかならず役立つという、いまでは幻想でしかない思いこみを全世界が共有できた、それは最後の万国博覧会だった。 1970年、僕らのうちで、なにかが死んだのだ。 ひとびとに暮らしと建築デザインが幸福感覚をともにできた古き良き時代の、もっとも身近で、もっともリアルな記録。それが建築写真文庫なのかもしれない。 本書 p.17 以下、 1章 遊園地・映画館・劇場 2章 喫茶店 3章 レストラン・料理店・料亭 4章 バー・ナイトクラブ・キャバレー 5章 ホテル・旅館・クラブ・温泉・ガソリンスタンド 6章 事務所・学校・スタジオ・ギャラリー・寺社仏閣・墓碑と記念碑 7章 医院・理髪店と美容院 8章 専門店舗とその意匠 ・・・という章立てで写真が列んでいる。 まず、遊園地がディズニー・ランドのほぼ独占状態になって、この本に登場する二子玉川園を始めとして、横浜ドリームランドも向ヶ丘遊園もなくなってしまった。後楽園遊園地と豊島園は健在だ。関西だとアタシが子供の頃遊んだ阪神パークが無くなって久しい。 映画館はマルチスクリーンのデジタルな設備になった。アタシは未体験だが3D映画も流行っている。戦後昭和の映画館は大げさで、劇場も大ぶりで、小劇場に馴れ親しんだアタシには違和感が大きい。 喫茶店も、アタシが高校生大学生の頃まではジャズ喫茶、ロック喫茶、名曲喫茶、純喫茶などなど街中に喫茶店が溢れていたが、今はアメリカからきた幾つかの系列と和式ではドトールなどの画一的で安価な喫茶店しか見当たらない。 レストラン・料理店・料亭にかなりのスペースが充てられているが、こちらは喫茶店ほどの変化や淘汰圧がかかっていないかもしれない。とは言っても青春18きっぷでウロウロしていると地方都市の駅前はウンザリする程に全国チェーンの居酒屋が軒を並べている。秋田でも鹿児島でも同じ様なメニューが列んでいて食欲が失せる。 バー・ナイトクラブ・キャバレーは日活映画のスクリーンで観たイメージだ。70年代半ばにはカフェ・バーという小洒落た店舗が急速に増殖した。渋谷のアルコホール、ブラッスリーD、山ほどあった。吉祥寺の西洋乞食、今でも時々行くけどスクラッチやハム&エッグクラブ、サムタイムみたいな店だ。 バーもインテリア・デザインで店が評価される時代になって、閉店してしまったけれど西麻布のバー「ほりべ」は森田恭通氏のデザインで好きだった。友人のkondor氏と閉店時間の3時半を無視して朝まで本の話で盛りあがって恵さんに怒られたのも懐かしい思い出だ。カードが使えないのを忘れていてタクシー代がなくなり世田谷の自宅まで酔った勢いで歩いて帰ったこともある。フェラガモの靴がダメになった。(笑) ホテル・旅館・クラブ・温泉・ガソリンスタンドも時代の変化ですっかり様変わりした業態だ。赤プリもリッツ・カールトンもイル・パラッツォも無い時代の写真が並ぶ。赤プリは解体されたし、京都の柊屋みたいな老舗旅館は別にして、旅館もポスト・モダン的とでも言う様な清潔で鄙びた意匠をまとう様になった。温泉旅館もハトヤや聚楽の様な社員旅行用の大型施設は目も当てられない状況だろう。この本に出てくるのは、まだ皆が一緒に大型バスに乗って訪れ、揃いの浴衣を着て大広間で歌謡ショーを楽しんだ時代なのだ。 448ページの写真は怖い。数百人分の膳が無人の大広間に列んでいる。 この本のオリジナルが作られた時代には都内に公衆浴場が2000軒、全国に2万軒あったと書かれている。思わず溜息がでた。 OAの遥か以前の事務所、事務機器の写真もある。子供の頃、怪獣映画に出てくる都市の夜景は無数のネオンサインに飾られていた。今は少し違う様に感じる。何が変わったのだろうか。 商店街が無くなってしまったのだ。 子供の頃の肉屋も魚屋も八百屋も乾物屋もなくなって久しい。店舗建築の写真を見ると昭和30ー40年代には立派な帽子屋があり足袋屋があった、カバン屋、靴屋、文房具屋、時計屋、毛糸屋、電気屋!、レコード屋、写真屋!、カメラ屋があった。 商店街が生きていた時代。洋品店には懐かしい顔のマネキン(人形だよ)がペラペラの服を着て列ぶ。紳士服を縫製するテイラーもあった。 みんないったいどこへ消えてしまったのだ。 休日に買い物に行くのは、何所へ行っても施設の中に入ってしまえば北海道も四国も見分けのつかない巨大なショッピングモールばかりなのだ。写真を眺めながらさらに嘆息してしまう。 この本に集められた写真の特徴がいくつかある。まず、客がいない、食堂にもバーにも理容室にも、あらゆる施設に人影がない。そして、あらゆる場所に灰皿がある。飲食店の入口には蝋細工のメニュー見本が飾られている。 昭和30ー40年代に郷愁を覚えるむきにはお奨めしたい。むしろその時代を知らない方々には、新しいアイデアのネタ本としても使い途が多いと思う。5000円は安い!
by duchampped
| 2014-09-14 13:12
| 逍遙的読書
| ||||||
ファン申請 |
||