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阿房列車、2014年末年始の彷徨四日目。本日は日南線で志布志を往復し、鹿児島から指宿を経て枕崎を目指す。日本列島の最南部を彷徨う。 5時半頃の列車に間に合う様に愚図な私は4時前に風呂にお湯を張り入浴。荷物をパッキングして5時にホテルのロビーで井中逍遙氏と朝の挨拶を交わし駅に向かう。途中のローソンで朝食のおにぎりを買う。 5:33発の日南線志布志行はキハ40の1輛の単行だ。日南線はアップダウンがあまり無いので非力な旧型のディーゼルカーでも大丈夫というワケである。と思ったらキハ40ー8052だった、300馬力に換装されたタイプだった。 ![]() 我々の他に、志布志行始発に乗った客は数人。しかし子供の国、青島で彼等は降りてしまった。代わりに高校生がパラパラと乗り込んで来る。冬休みじゃないのか? 飫肥駅付近で漸く黎明。この駅名も知らなければ読めない。 ![]() 飫肥城というのが名所の様で、改札の切符入れもお城の形? ![]() ここで列車交換。志布志方面に赤い鳥居が見える。調べてみたら岩崎稲荷神社というのが左手の山の中にあるらしい。その参道入口を示しているのだろうか。 ![]() 上りのキハ40系は2輛編成。 ![]() 飫肥を出て程なく大堂津、ここは知人の配偶者の出身地らしい。駅舎に大戦時の機銃痕があるというが、下車して丁寧に見なければ分からない。 ![]() 大堂津を出て南郷川を渡る鉄橋から太平洋の夜明けを見る。 ![]() 榎原駅。この駅名も知らなければ「よわら」とはなかなか読めない。1936年(昭和11年)までは1987年に廃止された志布志線の終着駅だったらしい。今は乗車客が10人程度の閑散とした無人駅だ。 ![]() 志布志の手前、大隅夏井駅。乗車人員が0.8人/日という数字は「宗太郎駅」に匹敵する。 ![]() 志布志到着前に志布志湾と佐多岬へとのびる半島が見えてくる。見えている島は枇榔島(びろうじま)という無人島で文字通りビロウの群生が国の天然記念物らしい。 ![]() 8:36志布志に到着。我々以外には、我々同様にそのまま宮崎方面に戻ると思しき鉄な人が二人。 ![]() 盲腸線のこーいう佇まいが好きなのだ。 ![]() 折り返しの南宮崎行は24分後の発車なので駅の外に出てみる。 ![]() 改札越しに列車が見える。あまり眼にしない事態だ。 ![]() 9:00発の南宮崎行。 ![]() 行き先表示がユニークだ。 ![]() 9時ちょうどに南宮崎行は出発。志布志と大隅夏井の両駅は鹿児島県にあるが、この福島高松から宮崎県の駅になる。乗降が2人/日。 ![]() 何故福島なのか不思議に思って調べてみた。串間市になる以前は福島町というのがあったのだ。 ![]() 油津の手前。 ![]() 油津駅で列車交換。観光特急の「海幸山幸」だ。2005年に廃止された高千穂鉄道を走っていたTR400をJR九州が購入し改造したという珍しい車両である。キハ125系ディーゼルカーに編入されている。使われている木は飫肥杉。見つけてひどく慌てたために写真が雑でごめんなさい。 ![]() ![]() ![]() 南宮崎に11:25着。空腹である。しかし駅そばはない。駅の階下に「ライオン」という食堂があって覗いたらオヤジが「5分でチャンポン作ってやるよ」と云ふので、5分で出来上がったチャンポンを猫舌の私は7分ですすり込む。美味しかった!600円。 ![]() 南宮崎ホームから宮崎空港線用のサンシャイン、713系電車。 ![]() 11:53発日豊線西都城行に乗る。JR九州817系電車が入線してきた。 ![]() 駅名を失念。783系電車とすれ違う。 ![]() 撮影に失敗したが青井岳駅付近で線路上を猿が横切った。 何故かホームと駅舎のある楠ヶ丘信号場。 ![]() ホーム端にタブレットを引っかける装置が見える。 ![]() 車内の井中逍遙氏。ジーンズに使い捨てカイロが貼り付いておる。 ![]() 12時52分都城に到着。ここで13:34発の鹿児島中央行に乗り換える。𠮷都線が分岐している。 ![]() 青い空。 ![]() 乗り換えた列車もJR九州817系省エネ電車。 ![]() 都城を出ると程なく隣の西都城駅だ。この駅からは1987年(昭和62年)に廃止されるまで志布志線が出ていた。西都城を発車するとすぐにその痕跡が左側に分岐する線路として残っている。 ![]() 車止めの先は線路が撤去されている。 ![]() 志布志線の高架も途中で切られていた。 ![]() 隼人駅くらいから車内が急に混雑してきた。竜ヶ水手前で桜島が見えてきた。 ![]() 1993年(平成5年)の集中豪雨、その時に竜ヶ水駅で発生した土石流を車両を堤防代わりにして乗客を避難させて救った乗務員の話は有名だ。乗務員の指示に従わず列車に残った乗客3人が亡くなっている。土石流で駅周辺の集落は壊滅的な被害を受け転出したため駅周辺に人家は僅かしかない。 ![]() 再び桜島。噴煙は反対側なのか見えなかった。 ![]() 15時14分鹿児島中央駅に到着。指宿枕崎線枕崎行まで47分あったので一服。黄色いディーゼルカーは途中の喜入行だ。確かに喜入までは混雑していた。 ![]() 16:01発枕崎行はキハ40系の2輛編成だった。写真を撮り忘れたのは鹿児島中央駅で宴会用のツマミを仕入れていたのである。混んでいる車内で宴会を始めたがクロスシートはこういう場合には重宝だ。ただし凄まじく揺れる車内で酒を置く場所がない。喜入を過ぎ、指宿を過ぎたら車内は殆どガラガラになったのでホッとした。 沖縄にモノレールの駅が開業したため「JRで最南端」の駅となった西大山駅。 ![]() ![]() 夕暮れになり開聞岳が夕景に浮かぶ。 ![]() 酔っぱらう前に撮影に忙しい。(笑) ![]() この駅、「いしがき」と読んでしまいそうになるが「いしかき」なのだ。18人/日の乗車人員(2012年)。 ![]() 乗車人員2人/日(2012年)の松ヶ浦駅。周囲に灯りがない、秘境駅だ。 ![]() とうとう乗車人員1人/日(2012年)となった白沢駅。こちらも周囲に灯りはない。が女子高生が一人下車した!きっと親がクルマで送迎しているのだろう。 ![]() 18:24、すっかり夜になった枕崎に到着。 ![]() 盲腸線らしい眺め。 ![]() この「本土」という表現には引っかかるが、3月に訪れた稚内から3144.5kmとはずいぶん遠い。 ![]() この後、駅前の枕崎ステーションホテル(とてもキレイだった)にチェックインし駅前の料理屋で一献、というか他に飲食店がほとんどない。でも料理も酒も美味しかった。大きなスーパーが隣にあって、そこで明日の朝食などを仕入れて帰る。 本日は10時間29分乗車して、391.5kmを移動した。出発してからの総移動距離が2390.5kmになった。 移動 日南線 宮崎 ー 志布志 91.5km 非 ↑ 志布志 ー 南宮崎 88.9km 非 日豊本線 南宮崎 ー 都城 47.4km ↑ 都城 ー 鹿児島 72.7km 鹿児島本線 鹿児島 ー 鹿児島中央 3.2km 指宿枕崎線 鹿児島中央 ー 枕崎 87.8km 非 小計 391.5km うち非電化 268.2km 明日はこの旅のハイライト、肥薩線で八代、さらに三角を目指す。 少々草臥れてきたけど。
by duchampped
| 2014-12-26 23:59
| 各駅的阿房列車
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