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![]() 昭和31年(1956年)、日本の敗戦から11年後に書かれた小説である。敗戦後70年の現在から見れば、まだ敗戦から11年しか経っていない。しかし、経済白書はその年に「もはや戦後ではない」と大見得を切った。つまり主要都市のほとんどが灰燼に帰してからたった11年で戦前の国民総生産を追い越したのだ。 この年、映画”太陽の季節”で石原裕次郎がデビューし、売春防止法が公布された。東海道本線の電化がようやく完成した。5月には日ソ漁業条約が調印され、10月には日ソ共同宣言が署名され国交が正常化した。 しかし最後のシベリア抑留者が引き揚げてきたのはこの年の11月になってからなのだ。少なくとも東京オリンピックで一掃されるまでは街角には包帯を巻いた片手片足の傷痍軍人が喜捨を求めてゴロゴロ居た。オリンピックで「汚いモノ」として追っ払われた彼等は何処へ行ったのだろう。 阿川弘之さんの小説は3人の海軍大将を描いた『山本五十六』『井上成美』『米内光政』の3つしか読んだことがなかった。海軍を礼賛するエッセイを読んだ記憶もあった。 しかし、この小説で阿川さんは海軍という組織をとても偏ったダメな官僚組織として扱っている。海軍兵学校の卒業生を温存するために大学生を促成士官に仕立てた予備学生あがりの海軍航空士官ばかりが特攻に送り出される。おそらく阿川さんの東大の同級生たちが被った運命なのだ。 しかも燃料が不足している為に特攻に要する飛行技術もロクに習得させず、彼等を大量に無駄に死なせて参謀本部は恬として恥じなかった。 戦後、海軍参謀あがりの国会議員が自衛隊のジェット戦闘機に足をかけているポスターを見た時アタシは心底イヤな気分になった。恥を知らないとはこーいう連中のことを言うのだ。 もちろん海軍の軍人にも「イヤなヤツ」も居れば「良い人間」も居るワケだが、それは海軍という組織とは無関係な個人の特性として描かれている。 そして何よりも参謀本部とか軍令部など”雲上人”たちの稚拙な作戦立案と愚昧な戦争指導が冷静で論理的な学生の目線から冷ややかに糾弾されている。精神主義で全てを押し通そうとした神がかり陸軍では無く、あくまで「スマートを旨」とした英国風海軍においてである。 もの凄くペシミスティックな小説だ。主人公よりも一足先に練習中の事故で即死した友人は「戦いを完遂して死ぬのは軍人の勝手だが、日本が戦争に負けた後、どうやって誰が日本を立て直すのだ」と問い続ける。この怜悧な問いを軍部・戦争指導者たちが一片も持ちあわせないまま、闇雲に玉砕を美しいと喧伝したことが根本的な間違いなのだ。 戦死者の8割近くが餓死または栄養失調による死であった、つまり兵站を無視した戦争指導者たちの無能無策が数百万の日本兵を無駄死にさせた。ロクな技術的習熟も与えないまま若い学生を特攻に「志願」(もちろん強制である)させた政治家を含めた戦争指導部に対して主人公は強い怒りをいだく。 この日小磯内閣の総辞職を知る。無為無能、しょぼしょぼとなんの為すところもなくつぶれてしまい、しかも「次期内閣に期待して辞める」とか、「戦局意の如くならず」とかいう言を公にしているのは、どういうつもりであろうか。いまのときに、意のごとくなることがひとつでもあろうか。戦っている者は、一度失敗したら死ぬのである。この危機に国を追いこんだ己の無策をみとめながら、首相が生をまっとうしてやめてよいものであろうか。(中略)此の人たちの無能の犠牲になって、無意味な死をとげた青年たちが、あまりに可哀そうだ。 本書 p.225 しかしこの主人公もまた「無意味な死」を強制され、敗戦直前に帰らぬ人となる。 おそらく阿川さんは若くして無駄死を嫌悪しながらも黙って死んでいった多くの友人たちを鎮魂する為にこの小説を書いたのだろう。 この様な「無意味な死を強制された多くの死者たち」の無念の上に我々ののっぺりとした平和が築かれたことを阿川さんは伝えたかったのだ。戦争の好きな現行の総理大臣にこの本を読めと言っても無駄だろうが。 だからアタシは靖国に行かない。靖国が称揚する価値観こそ、若者たちに無意味で理不尽な死を強制した価値観に他ならないからだ。 アタシは死者たちの無念を鎮めるために祈るが、その無念さを踏みにじり、自分たちの利益に利用する靖国神社や国家神道を肯定できない。その尻馬に乗る軽薄な日本主義者たちも同様だ。
by duchampped
| 2015-11-02 20:17
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