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2015年12月22日(火) 今朝は少しゆっくり。東宿毛発7時19分なので早めに6時30分にホテルを出た。東宿毛駅は相変わらず高架の上。 ![]() 駅の南を宿毛湾にそそぐ松田川が流れている。源流は分水嶺をはさんだ四万十川の反対側の様だ。宿毛橋がかかっている。 ![]() 宿毛橋側から東宿毛駅を見上げる。 ![]() 駅名標の裏側300m入った辺りに昨夜のゴジラ・エアコン・ホテルと翌檜(あすなろ)がある。 ![]() 終点の宿毛駅に向かう線路。山が見えるけれど宿毛湾がある。 ![]() 07:19 東宿毛発 土佐くろしお鉄道 窪川行 窪川 9:17着 乗継待〈47分〉 2両編成の窪川行が来ると通学の高校生で満員。車窓を見るとすごい霧。 ![]() トンネルに入ると奇怪なイルミネーション。車内で勉強していた地元の女子高校生が「うっぜー」と呟いたが、確かにウザイ。つか手元が青くてノートが見えない。 ![]() 車内に貼ってあったポスター。「すべらない砂」は受験生のお守り。 ![]() ちょっとブレているが「具同」という珍しい駅名。 ![]() 7時46分、中村に到着。ほとんどの高校生が降りた。27分停車。土佐くろしお鉄道の駅名標。土佐の小京都らしい。 ![]() 駅舎正面。 ![]() 高校生を満載して宿毛方面に列車が出発した。この車両は「中村」のラッピング。朝日で赤い。 ![]() 我々が窪川まで乗る「土佐清水」ラッピングの車両とJRの「特急あしずり」2000系ディーゼルカー。 ![]() オナカが減って死にそうだったので駅弁を買う。幕の内弁当、700円。 ![]() これが大ヒット。玉子焼きも鯖も美味しい!何よりも御飯が美味しい。中村に行ったらこれはオススメ。 ![]() お茶も地元の焙じ茶。 ![]() 8時13分出発、難読駅名。鞭(むち)をブチとはふつー読まないでしょ。。 ![]() 次の駅は。 ![]() 海の王迎(うみのおうむかえ)鎌倉時代に後醍醐天皇の子が流刑された土地で海から王を迎えた地ということだという。しかし不思議な駅名だ。窓硝子が汚いので乱反射。 ![]() カツオ一本釣り日本一、と書いてあるが、土佐の佐賀だ。 ![]() 荷稲は「かいな」と読むのは難しい。窓硝子が汚いので開いたドアから撮ったので斜めになった。この先にループ線があるが第一川奥トンネル(2031m)に収まっているので視覚的にはわからなかった。 ![]() 若井、ここからJR予土線なのだが何もない駅前で57分を過ごさず、210円を余計に払うことにして終着の窪川まで行く。 ![]() 土佐くろしお鉄道の窪川に9時17分着。駅舎正面。 ![]() 歩いて50mのJR窪川駅に。ホームは共用なのにね。 ![]() 駅名標。 ![]() 10時9分発の宇和島行は何度もネットで見たことのある新幹線0系を模したホビー・トレイン(キハ32型)だ。跨線橋から。 ![]() ホームから。 ![]() 残念ながら0系の先頭は後側。 ![]() 0系の「鼻」の部分はこうなっていた。 ![]() 車内。とにかく青い。HOゲージの鉄道模型が飾られている。 ![]() これが0系新幹線と同じであるとJR 四国が言う椅子。しかし実際に8歳の時から何度も坐ったことのある0系の椅子とは若干違うと思った。 ![]() 車内には、このホビー・トレイン自体の模型もあった。 ![]() 実物に比べてやや鼻ぺちゃ。 ![]() このキハ32やキハ54にはトイレがない。JR四国で各駅停車の旅をする時はそこに注意しないと大変なことになる。かつて我慢できなくて停車駅で用をたしたことがあるがワンマンの運転士さんによっては露骨に文句を言う人もいた。親切な運転士さんもいる。生理現象で不可抗力なので文句を言っても無駄なのに感じが悪いよね。 10:04 窪川発 土佐くろしお鉄道中村線 を経て 10:09 若井発 予土線 宇和島行 12:17 宇和島着 乗継待〈120分〉 土佐くろしお鉄道がループ・トンネルに入る直前(川奥信号所)で予土線は左に別れる。厳密には川奥信号所から予土線だ。家地川近くで四万十川唯一の佐賀堰堤(通称「家地川」ダムと思われる)建造物が見えた。 ![]() 明治はないが。土佐大正。 ![]() 予土線は何度も蛇行する四万十川を渡る。 ![]() 第四四万十川橋梁。 ![]() 平成はないが、土佐昭和。JR四国の駅名標は直射日光が当たると色の付いた隣駅表示部分が見え難くなってしまう。 ![]() 山に霞がかかる。朝日を受けて美しい。 ![]() ![]() ある種有名な駅名。写真を撮る人がどっと窓際に集まった。が先程まで熱心に写真を撮っていた該当部位が身体的に不自由な方は座席から動かなかった。 ![]() 四万十名物の沈下橋。全部で47もあるという。 ![]() ![]() 江川崎、ここで別の海洋堂ホビー・トレインと列車交換。派手だ。 ![]() ![]() ![]() 改めて新幹線型も撮影。 ![]() ![]() 予土線としては1953年にこの江川崎から吉野生までが開業している。1974年に江川崎ー若井間が全通して旧宇和島鉄道(吉野生ー宇和島 1923年開業)と繫がり「予土線」となった。ずいぶん新しい路線だ。昭和49年に全通。 この駅から予土線は支流の広見川に沿って走る。壊れた沈下橋。 ![]() ![]() JR四国で最も短いホーム。25mしかない真土。 ![]() 駅名標。この駅から愛媛県に入る。 ![]() 吉野生、これで「よしのぶ」と読む。住所は吉野、国有化されるまでは「吉野」だった。 ![]() ここから宇和島までは1923年に私鉄宇和島鉄道として開通した。当初は軌間762mmの軽便鉄道だった。1933年に国有化されたが、1941年になってようやく1067mmに改軌。この区間は元来が低規格なのでカーブがとても多く低速でしか列車が運行できない。 無論70年代に開通した江川崎ー若井間はかなりの速度で運行される。 吉野生の木造駅舎。 ![]() 出目。「いずめ」と読む。JR西日本小野田線には「目出(めで)」がある。 ![]() ちなみにこちらが小野田線の「目出」(2015年8月撮影) ![]() 何の商売か判らないが青い空に真っ赤な建物。コントラストがすごい。 ![]() 二名。1914年の開業時は「中野」だった。1933年の国有化で「二名」に改称。 ![]() 12時13分宇和島着。乗り継ぎ時間が120分もあるのでふらふら商店街に出かけて超美味しいカボス・ブリの定食を食べた。そして駅近くの蒲鉾屋で名物のじゃこ天を自宅に発送。駅前の小さなSLと記念撮影。2009年12月に来た時は一人だったのでSLだけ写した。 ![]() 宇和島駅。 ![]() 宇和島は盲腸線の終点でもある。スイッチ・バック駅とも考えられるが。小田急の片瀬江ノ島やJR北海道の遠軽と似た構造。 ![]() 松山行のキハ54 6に乗る。全長21m、車体幅2.92m。外部構造はステンレス。国鉄が分割民営化直前にJR四国の為に12両作った(1-12)。寒冷地仕様のJR北海道向け(501-529)も29両作られた。急勾配の多い山間地向けに250馬力エンジンを2機搭載している。JR四国仕様にはトイレが設置されていない。 ![]() ちなみに、同時期により小型の全長16m、車体幅2.7m。制作費を安くするためにステンレスではない普通鋼製ボディでエンジン1機搭載のキハ32形も21両作られた。窪川から乗った新幹線型ホビー・トレインはキハ32 3を改造したものだ。 14:09 宇和島発 予讃線 松山行 13:54 伊予大洲着 乗継待〈50分〉 高光(たかみつ)も少しかわった読み方。竹光(たけみつ)を想起した。 ![]() 伊予吉田で列車交換。キハ54 3とすれ違う。 ![]() 線路の周りには流石に蜜柑畑が多い。収穫していない畑が多かった。 ![]() 下宇和。 ![]() 八幡浜。交換する特急「宇和海」は1日下り16本と運転本数が多い。 ![]() 駅舎内に大漁旗が飾られていた。 ![]() 駅名標。 ![]() 何かすごい駅名だ。 ![]() 伊予大洲手前で右車窓に大洲城が見える。明治21年に老朽化して解体された天守を平成16年に伝統工法で復元したもの。 ![]() ![]() 15時34分、伊予大洲到着。アタシは降りて16時24分発の内子線経由の松山行に乗り換える。内子線が未乗区間だからだ。井の中氏は景色の良い海側を通るルート(遠回りだがJR四国は「愛ある伊予灘線」と呼んでいる)で17時10分に松山に着く。 伊予大洲駅。 ![]() 駅前の通りに大きな鳥居がある。 ![]() 宇和島方面には大洲城がよく見える。駅に向かって来る列車が写っているが1000系気動車に見える、しかしこの路線には走っていないはずだし。よく判らない。この後入線したはずだが記憶に残っていない。 ![]() 内子線は1986年に完成。以降特急は全てこちらの短絡ルートを使うことになった。今回も井の中氏は15:34を出て「愛ある伊予灘線」経由で17時10分に松山着。つまり伊予大洲から松山まで96分。 一方内子線を通るアタシは50分後の16時24分に伊予大洲を出て松山に17時45分だから81分で着く。井の中氏の50分後に伊予大洲を出たアタシは35分遅れて松山に着く。つま内子線の方が15分短い乗車時間なのだ。 駅の数も内子線は少ない。しかし車窓からの眺めは伊予灘沿いに走る方がはるかに良いことは確かだ。 ![]() 16:24 伊予大洲発 予讃線 内子線 松山行 17:45着 難読駅名。五十崎で「いかさき」なのだ。 ![]() 内子。大きな町だ。 ![]() 向井原の手前、ちょうど松山自動車道を内子線が潜った先で伊予灘から来た線が右から寄ってきて再び一緒になる。(松山に向かう進行方向だと左側から合流)ちなみに「愛ある伊予灘線」はこの自動車道とは交差しない。手前をカーブして近づくのだ。 ![]() ![]() 向井原。暗くなってきた。 ![]() 17時45分松山到着。伊予鉄の路面電車に乗り換えて道後温泉を目指す。 ![]() 道後温泉で先に着いていた井の中氏が浴衣にどてらでお出迎え。流石に少々寒かったらしい。そのまま氏は有名な道後温泉本館に暖まりに行った。 アタシは一泊3500円の旅館にチェックイン。入湯税を払ったのだから、と旅館の大浴場(そんなに大きくはなかったけどね)に一人でゆっくり入る。 お婆ちゃんが一人で切り盛りしている宿、かつては料理旅館だったらしく古いが高級感があった。まぁまぁ広い浴槽に一人で手足を伸ばして浸かるのも悪くない。 風呂上がりに井の中氏も浴衣から寒いので洋服に戻って居酒屋で一献。亀の手もあったし、酒も美味いし、めでたしめでたし。 写真は亀の手とナントカ貝。 ![]() 右側のチャンバラ貝が気に入った。燗酒に貝は合う! ![]() 本日の移動 土佐くろしお鉄道 69.6km 非電化 若井 ー 宇和島 77.8km 非電化 宇和島 ー 松山 内子線経由 96.9km 非電化 174.7km 非電化 土佐くろしお鉄道分を含めると 244.3km 非電化 明日は鳴門を目指す。鳴門線(池谷ー鳴門)がJR四国で唯一残っている未乗区間なのだ。
by duchampped
| 2015-12-22 23:11
| 各駅的阿房列車
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