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![]() アタシが名前しか知らなかった「青春18きっぷ」の具体的な使い方を知ったのは2009年。比較的近年のことだ。「鉄道」も「ひとり旅」も好きなので2009年の夏に早速「青春18きっぷ」で旅に出た。 用事などもちろん全く無い「純粋阿房列車」である。とにかく失業者は暇なのだ。仕事ではないのだから自分勝手に我が儘に好き放題に旅行はしたい。 その自由を拘束するのは鉄道の時刻表だけである。 何しろ「乗って車窓を見る」ためダケという旅にはふつーの意味での合理性とはかけ離れた理路があって、その機微を他人に説明するのは困難なのだ。 第一回の旅は中央本線で松本、大糸線で糸魚川、まだ北陸本線だった時代なので滑川で海を眺め、富山を通って敦賀、琵琶湖の北側、余呉湖の周囲を余呉駅のレンタ・サイクルで一周。そして新大阪。翌日は阪和線で仁徳天皇陵を散歩して和歌山から紀勢本線を廻って熊野大社、那智大社を訪ね、帰路は名古屋から中央本線、諏訪大社、松本城を眺めて帰宅した。 これがすごく楽しかったので以降20回に渡って「青春18きっぷ」で各駅停車に乗って全国を旅した。そしてこの時以降の鉄道旅行での方針もハッキリした。 ・初めて通る路線は車窓を楽しむために明るい時間帯に設定する。 盲腸線では往路・復路どちらかを明るい時間にする。 ・地方線の乗継で長い時間を過ごす時は駅周辺を散歩する。 ・無人駅が多く、コンビニなどない駅が多いので飲食は機会がある時に済ます。 などだが、冬季に旅行していると夜明け前に出発して日没後に到着などという事もあって九州の枕崎など明るい状態で駅舎を見る事が出来なかったりした。 それでも青春18きっぷでウロウロした結果JR北海道は「南千歳ー追分」の一箇所を残して(廃線になった江差までを含めて)全線完乗。駅の廃止が噂されている石北本線にもう一度網走から逆方向に乗りたい。 JR東日本はまだまだ残っていて、釜石線の花巻ー釜石、大船渡線の一ノ関ー気仙沼、石巻線の石巻ー女川、成田線の香取ー松岸など、あとは東京近郊で数カ所ある。 JR東海は盲腸線が3本、最近電化されてしまった武豊線(電化前に乗りたかった!)、完全に復旧してから乗る予定の名松線、参宮線・伊勢市ー鳥羽だ。 JR西日本は、湖西線、関西本線の亀山ー柘植、山陽本線の宇部ー小野田、宇部線の宇部ー居能、それに大阪近郊数カ所。 JR四国は土佐くろしお鉄道を含めて完乗。 JR九州は北部炭鉱地域の複雑な路線と伊万里線、鹿児島中央ー川内、吉都線の都城ー吉松を残しているが、私鉄の松浦鉄道、南阿蘇鉄道、くま川鉄道、肥薩おれんじ鉄道、島原鉄道にも乗りたいものだ。 と言ふ理由で、この本は鉄道に乗るための鉄道旅行、つまり「純粋鉄道旅行」を単独で実施するためのものだ。第1章は準備篇、つまり旅に出る前の準備だ。 ここで嬉しかったのは著者の今尾さんが「活字中毒」で必ず文庫本を持参すると書いていたこと。アタシは鉄旅中は主に車窓を眺めているので読書はしないのだが、何度も通った幹線を夜間に移動する場合などは持参の文庫を読む。従って読む量は少ない。 読書はさておき、夜は宿営地で必ず地元の飲み助が集まる居酒屋を探して地元のアテで地酒を飲むことを楽しみにしている。これはこれで面白い思い出がたくさんある。 とは言え220ページのうち130ページを占めるのは第2章「鉄道車窓のみどころ」と題された車窓からの風景や沿線紀行を描いた文章だ。同じ著者の書籍と内容的には重複しているが、まぁ確かに「みどころ」満載なので読んでいて現場に行きたくなる。 特に著者が中高生頃の国鉄時代の描写が懐かしい。スキーと巨大なリュックを抱えた人たちが坐って行列を作っていた新宿駅などアタシも記憶にある。上野からお盆で帰省する人々が整理ワッペンを貰って東京文化會舘から西洋美術館辺りに急造されたテントに並んで待ったなどという話は今は信じられないが、確かに昭和40年代から50年代にかけてニュース映像で見たような記憶がある。 何しろアタシの中学校修学旅行(杉並区立の中学校だった)は東京都公立学校専用の「155系電車・日の出号」だったのだ。伊勢志摩と京都に行ったので近鉄線にも乗った記憶がある。帰路は京都から新幹線だったかもしれない。日の出号は片側3人掛けと2人掛けのボックスシートだった。大きな机が付いていて、一晩中遊んでいて引率の先生達もさぞかし疲れたことだろうと今頃になって同情する。 両親が関西出身なので小さな頃から夏休み冬休みを関西で過ごした。だから大阪の私鉄や市営地下鉄にはよく乗った。父の実家は野田阪神(松下幸之助起業の地、大開町である)、母の実家が甲子園(九番町だから浜に近い)だったので阪神電車が多かった。大学2年生頃までは路面電車の甲子園線や阪神国道線もあった。野田阪神から国道線で上甲子園、甲子園線に乗り換えて母の実家があった九番町まで乗ったりしたものだ。 野田阪神大開町の商店街には屋台で鰻のパーツを売っていた。その時に鰻の頭を「半助=はんすけ」と呼ぶコトを知った。学生時代のコトなので今はもうないかもしれない。 叔父が阪急線沿線に住んでいたし、御堂筋線の南の終点に近い長居には父の姉が住んでいて夏休みをこの家で過ごすことも多かった。 子供の頃は梅田辺りよりも三宮や神戸に出かけることが多かった。高校生になってからは一人で寝台急行銀河に乗り往復を楽しんだものだ。深夜、早朝の名古屋駅ホームでは終夜営業の立ち食いきしめんが楽しみだった。当時の寝台急行は無闇に駅での停車時間が長く、名古屋駅でも30分くらい停まっていた。 この本は「入門」と銘打たれてはいるが、内容は新書サイズとしては十分充実している。 第3章の実践篇が第1章と並んで本来の「ひとり旅入門」だろう。しかし著者の今尾恵介さんは「完乗」に拘りがないと書いている。まぁ「ひとり旅」なのだから好き勝手にやるのが一番だ。就中「気に入った路線は一駅歩いてみる」は良いと思う。アタシも加齢で足腰が使い物にならなくなる前にやってみたい。 著者の今尾恵介氏は地図の専門家ということだが鉄道関係の著作も多い。とりあえず『線路を楽しむ鉄道学』(2009 講談社現代新書)、『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(2014 朝日新書)とこの『鉄道ひとり旅入門』を読んだが、書架に『地図で読む昭和の日本』(2012 白水社)『絶景鉄道 地図の旅』(2014 集英社新書)があるので愉しみながら読もうと思っている。 3月の青春18きっぷは老母の体調次第という感じだ。
by duchampped
| 2016-01-26 13:28
| 逍遙的読書
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