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※写真をクリックすると大きくご覧になれます。 この駅自体は1989年の開業だが、オリジナルの泉福寺は1926年(昭和元年)に佐世保鉄道の駅として開業している。1943年改軌に伴う路線切替に伴い廃止された。 ![]() 駅名標。 ![]() 低い場所を通っている。 ![]() 山の田も泉福寺とほぼ同じ経緯をたどった。1920年(大正9年)佐世保鉄道開業時に「山ノ田」を設置。1943年改軌による路線切替に伴い廃止されたが1990年に松浦鉄道の駅として開業した。 ![]() 北佐世保に近づく。 ![]() 右側の駐車場から駅に入る。駐車場には駅舎があったが解体された。 ![]() 手前下部の光ノイズは堪えてつかーさい。ここでも列車交換。ほとんど高架駅の雰囲気だ。 ![]() 駅名標。 ![]() 小さなトンネルが続く。 ![]() 中佐世保。1961年国鉄松浦線の駅として開業。しかし、快速列車は停まらない。 ![]() 中佐世保から次の佐世保中央までの駅間は200mしかない。日本一駅間距離が短い。中佐世保のホーム外れに次駅の予告表がある。 ![]() あっという間に佐世保中央。 ![]() この駅で乗客の9割が降りてしまった。 ![]() 駅名標。 ![]() 佐世保中央のホーム佐世保側はそのままトンネル。 ![]() 伊万里から155分、ようやく佐世保に着く。右には電化されたJR佐世保線。 ![]() 松浦鉄道は左の島式ホーム。 ![]() 2番線に到着。ナカムラさんお疲れ様。ありがとうございました。 ![]() とりあえず09:25発の佐世保線長崎行のホームに行くと何やら騒がしい。 あらあら「或る列車」が停車してる。 ![]() 豪華絢爛、豪奢、という事なのだろうが個人的には装飾過剰、キンキラキンの雀の屁(カート・ヴォネガット)という印象。 ![]() ディテイルまできっちり作り込まれている。 ![]() これがキハ47改、とはねぇ。 ![]() しかし内装はなかなかシックだ。 ![]() こちらが後側。 ![]() アタシが乗る列車が入線。行き先は未だ佐世保だ。1974年生まれのキハ66・67系だ。個人的にはこっちの方が好きだ。(笑)ローレル賞受賞者量だが僅か30両が作らただけ。シーサイドライナーの青い列車には乗ったが旧国鉄急行色は初めて。 ![]() 09:25、佐世保を出発。「或る列車」騒ぎで弁当を買い損ねた。早岐を通るので先日見た転車台を撮った。 ![]() そうか、今日は日曜日なのだ。ハウステンボスで家族連れがたくさん降りた。 ![]() 2014年末にここを通って大浦湾に沈む夕陽を眺めたが、午前中の大浦湾も良いね。 ![]() 10:33、諫早に到着。3分で10:36発の島原鉄道島原外港行に乗り換えるのだが、地下道を通って、いったんJRの改札を出て島原鉄道のホームに荷物を引きずって走るのは草臥れた。せめて5分の乗り継ぎにして欲しい。すぐに島原外港行は出発。右のJR諫早駅の島式ホームにかつては島原鉄道も入線していたのだろうか。しかし、線路が撤去されている。 ![]() かつてはJRと繋がっていたが現在はポイントを残して完全に接続が断たれている。 ![]() 島原鉄道は左に分かれて行く。 ![]() 本諫早の手前右側に引き込み線があって車両が留置してある。 ![]() 本諫早。もう列車交換、というか諫早は1編成しか入線できないからね。 ![]() 駅名標が大きいなぁ。 ![]() 幸。2000年に新設された島原鉄道で一番新しい駅。 ![]() 駅名標も新しい。 ![]() 小野本町。左の枯れ草の辺りにかつては交換設備があった。 ![]() 干拓の里。1995年開業の駅。近所に1989年にオープンした諫早市の第三セクターがやっている温泉施設「干拓の里」があるから、この駅名なのかな。 ![]() 森山。江戸時代に干拓が行われた水田地帯の駅。干拓前には諫早湾に出ていた赤崎の岬辺りに位置する。 ![]() 釜ノ鼻。不思議な駅名だが所在地名とは関係無さそうだし、よく判らない。 ![]() 駅名標。 ![]() 不吉な視線を感じたら窓に怖いお兄さんがこちらを睨んでいた。 ![]() スズメバチに気をとられて諫早東高校前を撮影し損ねた。 愛野、赤い尖塔の建物が1986年に新築された駅舎。明治44年に「愛野村」として開業した古い駅。 ![]() ここいらでかなり草臥れてきた。以降、全駅は撮影していない。 1912年(大正元年)開業の吾妻。ホーム同士がずれている。開業当時の駅名は「山田村」、1960年に吾妻に改称。 ![]() 車窓に有明海が広がった。 ![]() 有明海に沿った駅に着く。順光を狙ったので写真は諫早方面を見ている。島ホームの1面2線。 ![]() 古部という駅。 ![]() 駅から見える海。 ![]() 西郷でも列車交換。1912年開業の古い駅。 ![]() すれ違ったのは島原ドック号。急行諫早行だ。 ![]() ここもビーチサイドに駅がある。 ![]() 大三東(おおみさき)、だいさんとう、と読んでしまうよなぁ。 ![]() 島原に着く。右ホームの上に大きな屋根がある、それが駅舎だが撮影する程停車してはくれない。 ![]() 大きな駅名標。奥の石垣が駅舎の一部。島鉄本社前って駅を作っちゃうのもすごいけど。 ![]() 11:47に数分遅れて島原外港に到着。乗って来た「日野デュトロ」号を撮って、 ![]() 12:05の出港まで、あと15分。直線距離で熊本フェリー乗り場まで400-500mなのだが、困った事に「フェリー乗り場」と描いてあるのは交通標識だけなのだ。明らかに自動車用の表示。 それと思しき建物には「しまばら」としか描いていない。結局歩いている人に訊いたら、やはりその建物がフェリー乗り場だという。しかし、何故、一箇所も「フェリー乗り場」と表示していないのか理解できない。 結局、建物の中に入って初めて「フェリー」の文字があった。しかし、何を考えてサイン計画を作っているのかねぇ。 外気温が35℃位あるなかを荷物を持って半ば走ったのは仕方が無いけど。明らかにそーだろーとは思いつつも、どこにも「フェリー」の文字がない場所に、時間ギリギリに向かうのは心底疲れた。熊本駅までのバスチケット付の乗船券を1300円で買って乗船する。 ここでまたもや「非表示」なのだ、二手に分かれてその先のどちらにもフェリーが停まっているのだが、どちらがこれから乗る船か分からない。アタシはこーいうカフカ的状況を楽しむ心境では全くない。頭に来て戻ろうかと考えていたら、後から来た人が、こっちだよ、と教えてくれた。 しかし、熊本フェリー、余程の事があっても、二度と乗りたくない。 と怒り心頭で船に乗るとすぐに出港。 普賢岳が左奥に見えた。 ![]() 熊本駅行バスの時刻表があった。今日は日曜日だ。このフェリーは予定では12:35に熊本のフェリー乗り場に着くが、バスは12時台にはなく13:05発だ。約30分かかると書いてある。つまり13:35に熊本駅に着いて、13:39発の八代行には4分の余裕しか無い。 ![]() 結局、フェリーは10分以上遅れて熊本フェリー・ターミナルに到着。フェリーに見えないスタイルの船だった。 ![]() バス乗り場も表示がない。(笑)案内所で聞いたら日曜なのでバスは遅れる上に時間を45分程度はみておいた方が安全とのこと。 仕方なくタクシー乗場に行くのだが、判で押したようにこちらも表示が複数あって、どれが正しいのか分からない。ここまで来れば立派としか言い様がない。フェリーターミナルの周囲をグルグル回って汗だく。 しかも「どのタクシー乗り場」にも1台も待っていない。再び案内所に訊きにゆくと「呼ばないと来ません」と平然としてる。電話番号を教えて欲しいと頼んで初めて面倒くさそうに紙に書いてくれた。 この時点で12:55。呼んだタクシーが来たのは13:05。熊本市内が日曜日で混んでいて熊本駅に着いたのが13:35。もう弁当を買うヒマも無く13:39発の八代行に飛び乗ったが、これがすごーく混んでいて座れないから弁当を買っても食べられなかったね。 しかし、次の14:00発に乗ると八代から人吉行が15:56発になり人吉着が16:58。くま川鉄道の湯前行が17:27。湯前に着いたら18:11です。これはちと撮影が厳しい。 とにかく八代14:15着。朝から何も食べていないので駅のファミマで弁当を買って食べた。こんなことになるなら最初から伊万里のコンビニで何か買って食べるべきだったな。 ![]() 14:40の人吉行まで時間がある。交流用のED76形が停まっていた。ED75形の九州/北海道用の派生モデルだ。ED76は九州用に1965年(昭和40年)から作られた交流電気機関車。1968年(昭和43年)には北海道用に500番台が作られた。この83号機は1974年(昭和49年)製造のロット(55-94号機)。現在JR貨物が81と83、1015-1022機の10両を運用している。経年老朽化に対する更新工事が行われているので車体側面製造銘板横に白線が入っている。八代はJR貨物の駅でもある。 ![]() ![]() ![]() こちらは肥薩線快速が到着。キハ47形8000番台 ![]() 14:40発の人吉行が入線。トイレが無いため肥薩線の運用が2016年3月で消滅したキハ31形が来た。代走で走ることがあるらしいのでこれは珍しい機会かもしれない。 ![]() ![]() 球磨川に沿って走る。段を過ぎて古いトンネル。 ![]() 坂本の手前、赤い中谷橋と上から県道17号が下りてくる。 ![]() 坂本。 ![]() 古い駅舎が近代化産業遺産だ。 ![]() 列車交換して出発。 ![]() 葉木。閉鎖された荒瀬ダムボートハウスの一部が見えている。 ![]() 鎌瀬。 ![]() アメリカ人技師が設計したトランケート式の球磨川第一橋梁を渡る。 ![]() この形式は後で渡る球磨川第二橋梁と二つしか日本には存在しない。 ![]() 瀬戸石。周囲に民家はない。球磨川の対岸に集落はあるが2012年に船頭の高齢化で渡し船が無くなり、川を渡る手段が無くなった。 ![]() 海路。 ![]() 待合所。 ![]() 吉尾。同時期に作られた海路と良く似ている。 ![]() 待合所。 ![]() 大好きな白石に着く。 ![]() SL人吉と列車交換だ。今日は日曜日だ。 ![]() この古い駅舎が良い。近代化産業遺産。 ![]() SL人吉。 ![]() ![]() 球泉洞。ここも近代化産業遺産。 ![]() 駅名標。 ![]() 一勝地。島式ホームの内側線路が撤去され、ちょっと間の抜けた配置になっている。 ![]() この駅の木造駅舎も素晴らしい。 ![]() 那良口。何と明治43年に貨物駅として開業した。線路左の空き地は貨物側線の跡。 ![]() 第二球磨川橋梁を渡る。 ![]() 渡で列車交換。 ![]() ホームが長い かつては木材の積み出しで賑わったのだそうだ。 ![]() ホントに長い。 ![]() 西人吉。もうすぐ終点だ。 ![]() 人吉に近づく。両側の側線が気になる。 ![]() 左側に車両基地が広がる。 ![]() 未だホームが見えない。 ![]() ようやく見えてきた。 ![]() 15:53 到着。 ![]() 駅前は暑いです。 ![]() 16時になりカラクリ時計が開いてお殿様登場。 ![]() で、くま川鉄道で湯前往復を予定していたが、この時点で朝から揺れる車内で踏ん張って5時間写真を撮っていたので、体力的に限界。 中止して、駅前の喫茶店でアイスコーヒーを飲んで休息。 明日はスイッチバックを超えて都城から鹿児島、川内、肥薩おれんじ鉄道に乗って八代に戻り北九州を目指す。 今夜は今回で唯一夕食付の宿。久しぶりにマトモな夕食だ。嬉しいな。 本日の移動 伊万里〜佐世保 143分 80.8km 佐世保〜諫早 47分 56.5km 諫早〜島原外港 71分 43.2km 熊本〜八代 36分 35.7km 八代〜人吉 73分 51.8km 370分(6時間10分)乗って 268.0kmを移動。 フェリーは含まず。
by duchampped
| 2016-07-31 23:15
| 各駅的阿房列車
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